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大阪高等裁判所 昭和62年(う)117号〔2〕 判決

国籍

韓国(慶尚北道清道郡角南面新堂洞二六三)

住居

大阪府東大阪市稲田一四四一番地の八

会社役員

金城泰奉こと金泰奉

一九四六年八月五日生

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六一年一二月一七日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 藤野千代麿 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月及び罰金八〇〇〇万円に処する。

被告人において、右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人澤田脩(主任)、同下村幸雄共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官大口善照作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中法人税法違反の事実に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、当審における分離前の相被告人金守(以下守という。)及び被告人が共謀のうえ、右両名か役員に就任していたパチンコ店営業等を目的とする泰斗興産株式会社(以下単に会社という。)の業務に関し、法人税を免れようと企て、会社の昭和五六事業年度(昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日までの一年間。以下事業年度の開始、終了月日は同一。)ないし昭和五八事業年度の三事業年度間に、合計九億四六八八万一四一二円の所得があったにもかかわらず、合計一億八四八五万六五六九円の所得しかなかった旨、虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって正規の税額との差額合計三億二〇〇五万五〇〇円の法人税をほ脱したとの事実を認定したが、右法人税の過少申告について被告人が守と共謀した事実はなく、単に実兄である守の指示により行動したに過ぎないから、被告人は幇助犯にとどまるのに共同正犯と認定した原判決には事実誤認があり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、と主張するものである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、昭和四九年、守が代表取締役となって設立した前記会社の専務取締役に就任し、同社の経営する「王城」パチンコ店(以下王城店という。)の日常的な営業の管理、売上金の集金等の業務に従事し、従業員からも専務と呼ばれていたこと、後記認定のような経緯で守は昭和三九年頃から家業ともいうべきパチンコ店経営を続けていたため豊富な経験を有しており、その経験年数の差及び在日韓国人社会の特色でもある家父長制度の影響のため、長兄である守の発言力が強いことが重なり、会社の基本的な経営方針について、被告人は守の指示を受けながら業務執行を行なっていたが、他方被告人としても、昭和四六年から個人名義で東大阪市内においてパチンコ店(以下東大阪店という。)を経営するようになって次第に経験を積み、本件当時守から会社経営の片腕として強い信頼を得て種々の相談を受けていたこと、他の近親者で被告人ほど守の信頼を得ていたものはいなかったこと、昭和五六年後半ころから始まったいわゆるフィーバーブームのため王城店の収益が急増したことは、売上金の集金を通じて被告人としてもこれを十分認識していたこと、ところが原判決も指摘するように各年度の法人税の申告に際して、実務を担当していた一井税理士に対して、守とともに被告人も説明に当たり、その申告内容について熟知していたこと、さらに本件法人税ほ脱の手段は、王城店の売上金の一部を東大阪店等他の店舗の売上金と併せて簿外預金として蓄積するというものであるが、どの程度の現金を簿外とするかは守の指示によっていたものの、簿外預金の預入れ、引出しは専ら被告人が行っていたため、公表預金との具体的差額はむしろ被告人のほうが詳しかったこと、の各事実が明らかであり、以上の事実、ことに会社における被告人の役員としての立場、営業、申告への強い関与度及び簿外預金の管理という重要事項を任されていたことを総合すれば、本件法人税のほ脱について、被告人が守と共謀したとの両名の収税官吏(以下査察官という。)及び検察官に対する供述内容に信用性が認められ、被告人が単なる従業員と同様の立場であった、という所論に沿う被告人の当審における供述内容は到底措信できない。

以上によれば、会社の法人税ほ脱について、被告人が幇助的立場を超えた共同正犯であるとした原判決の認定は正当として是認することができるといわなければならない。

その他所論にかんがみ記録を精査して検討しても、被告人を共同正犯と認定した原判決に所論の事実誤認は認められない。本論旨は理由がない。

控訴趣意中、所得税法違反の事実に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が昭和五六年ないし五八年の三年間に前記被告人名義の東大阪店の事業収益の一部を除外して申告し、かつ守との約束により昭和五七年及び五八年の同人の個人営業名義になっているパチンコ店二店舗からその売上除外額の半額を経営管理料として取得することが確定していたのに右事実を秘して右管理料を所得として申告しなかった、としてこれを雑所得として加算しているが、(1)被告人は東大阪店の営業名義人ではあるが、それは単なる名義上のことに過ぎず、実体としては同店も守が経営していたから、せいぜい同人の所得税法違反を幇助したと解するのが相当であり、同店の所得は被告人に帰属しない、(2)さらに、経営管理料支払いの約束は存在しない、とそれぞれ主張し、右各事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、以下に説示するとおり、原判決には、所論(1)に関する事実誤認は認められないが、所論(2)について事実誤認が認められ、右事実は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の点で原判決は破棄を免れない。

すなわち、まず所論(1)について検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が東大阪店の営業名義人となった経緯として以下の事実、すなわち、被告人は在日韓国人である父金学厳、母羅判連の間に次男として生まれ、兄弟として長男守(一九四〇年七月一〇日生)、三男金泰源(一九五〇年生-以下泰源という。)のほか四人の姉妹がいること、金学厳は、昭和三九年(一九六四年)に死亡したが、同人はその当時寝屋川市内(以下寝屋川店という。)及び東大阪市内(前記東大阪店)においてパチンコ店二店舗を経営していたところ、守が長男であったことやそのころ被告人をはじめ他の兄弟が年少であったため、東大阪店の土地建物の所有名義を被告人に移したものの、その余の遺産はすべて守が相続し、右二店舗の営業名義(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律-旧風俗営業取締法-に基づく風俗営業者としての許可名義。以下単に名義という場合は同法上の名義をいう。)も守が引き継いで経営していたが、昭和四六年には、被告人(当時二五歳)が婚姻して独立したため、東大阪店の営業名義を被告人に移したこと、しかし、守が昭和五四年ころ、寝屋川遊戯場組合の組合長及び在日韓国人の経営者が納税の適正円滑化を目的として結成した枚方納税経友会の会長に就任するなどして多忙となったため、被告人は東大阪店の管理のみならず、守の指導を受けながら守の経営名義となっている寝屋川店、鶴見丸三会館(以下鶴見店という。)及び会社の経営する「王城」店の営業の管理や集金をも行っていたこと、の各事実が認められる。

以上の事実関係をふまえて、被告人経営名義のパチンコ店から生ずる事業所得の帰属について検討する。

所得税法一二条は、実質所得者課税の原則を定め、所得は営業の名義にかかわらず事業の収益を享受する者に帰属すると定めているから、被告人が前記パチンコ店の営業名義人となっているからといって、所得の帰属者と即断することはできないことは勿論であるが、複数の親族がかかわる事業所得において収益を享受する者とは、単に所得の分配を受ける者をさすのではなく、その事業の経営方針を決定するにつき支配的影響力を有すると認められる者を意味すると解するのが相当である(同一世帯の親族につき同旨、所得税基本通達一二-五)ところ、前記認定の経緯に照らせば、亡父が経営していた東大阪店は、本来次男である被告人に相続させるべきところ、その当時被告人が一八歳であったため、不動産の所有名義のみを相続させて守に実質的経営をまかせ、その後被告人が二五歳となり婚姻したのを機会に、被告人にその生活基盤を確立させる目的で被告人に営業名義が移されたと考えるのが自然であり、しかもその後被告人も東大阪店に毎日出入りして営業の管理等をしていたことが明らかであるから、単に脱税その他の目的で営業名義を仮装するような場合と同視することはできず、特段の事情がない限り東大阪店の営業名義人であり、所得税の申告名義人でもある被告人が事業所得の帰属者と認めるのが相当である。

なるほど、前記認定のように被告人は、右店舗の経営方針について、会社と同様、その経営方針の主要な部分を経験豊富な長兄守の意向に従って決定していたことがうかがえるが、被告人に営業名義が移された前記経緯に照らせば、その影響力は営業名義を仮装しているというより、あくまで被告人の名義となっている東大阪店の発展をはかり、弟である被告人の生活の向上を願って行なわれていたと考えるのが自然であり、そうすると守が被告人の営業名義を超えて同店舗の経営に支配的影響力を有していたと認めることはできず、右事情が前記特段の事情に該当するとは考えられない。

また、被告人自身、守の所得税法違反及び前記会社の法人税法違反の犯則嫌疑事実の査察が開始され、その後遅れて被告人の所得税法違反の査察が立件された後にも、終始一貫して、東大阪店の所得が(後記経営管理料の点を除き)自己に帰属することを当然の前提とした供述を続けていた事実も右認定を支持しうるものということができる。

これに対して、被告人は、当審において、守から税負担の増加を押さえるため、被告人に東大阪店の名義人になって欲しいと強く頼まれ、やむなく形式的名義人になったにすぎないと供述するが、右供述内容は、前記認定の営業名義移転の経緯、ことに土地建物も被告人名義となっていること、昭和四六年の被告人の婚姻を機会に営業名義が移転されていることのほか、証拠を検討しても、その当時守が税負担にあえいでいた形跡がうかがえないこと、の各事実に照らして措信できず、前記認定を左右することはできない。

その他所論にかんがみ、記録を精査して検討しても、東大阪店の事業所得の帰属者を被告人と認定した原判決に所論の事実誤認は認められない。所論(1)は採用できない。

次に所論(2)が指摘する経営管理料について、検討した結果、以下に説示するとおり、右の点に関する原判決の認定は、首肯し難いものがあるといわなければならない。

すなわち所論も指摘するように、右経営管理料の認定は、守が病弱なためと遊戯場組合や経友会関係者等との対外的な交渉や行動で忙しくなり、守が経営名義を有している鶴見店、寝屋川店に必要最小限の時間だけしか顔を出せなくなったので、右二店舗の具体的な営業管理や売上金の集金を全部被告人に任せるようになったところ、フィーバーブームにより利益が急伸した昭和五七年一月から右の二店の売上除外額の半分に相当する金額を被告人に取得させるとの約束を、昭和五七年一月二日の初詣の帰途に会社の社長室において口頭で交わした、との被告人及び守の査察官及び検察官に対する供述にのみ基づいている。

ところで一般に、犯則嫌疑者から右のような約束が親族間で交わされたとの主張が出た場合には、親族間で所得を分散し、累進税率の不当な軽減や一件当りのほ脱額の減少等を企図する租税回避行為につながりやすいため(検察官もその答弁書において、右管理料の認容が一般論として税法理論にそぐわないおそれがあることを認めている。)、その認定はできる限り明確な証拠と論拠に基づき、厳格になされるべきであると考えられるか、これを本件についてみると、関係証拠によれば、本件経営管理料は前記認定のように口頭の約束があったとの供述以外にその存在を裏付ける証拠は見あたらないこと、右二店舗の、昭和五七年及び五八年の売上除外金額の半額は合計約三億八〇〇〇万円に及ぶところ、右の額は、被告人が守の弟という近親者である点とその管理の実態が日常的な見回り、集金といった、いわば単純なものにとどまっている点に照らして不相応に高額てあること、昭和五九年六月二一日に守及び会社に対する第一次強制調査の着手がなされるまで約二年半の間、右管理料支払いの約束について現実の履行がなされた形跡がないことの各事実が明らかであるばかりでなく、右約束内容の明確性について検討しても、前記認定のように、同じく被告人が経営管理的業務をしていた会社経営の店舗についての経営管理料をどう扱うのか、半額というものの売上除外額を基準として計算する場合、簿外預金から被告人のために支出した分はどう控除するのかといった点で曖昧であると認められ、前記約束は甚だ粗雑な内容というべく、従って、右経営管理料の存在には強い疑問を差し挟まざるを得ない。

当審証人高橋進、同福島清の両名(いずれも査察官)は、守の自宅から売上除外額を記載したと推定されるメモ九枚を押収したが、これは右経営管理料支払いの心覚えのために作成したものであると守が供述し、さらに被告人が所得額の大幅な増加という不利益な事実を自認する供述をしたため、右経営管理料の主張を認容せざるを得なかったと供述しているが、右メモ自体は、守が昭和五七年一月から五九年五月までの各店舗のパチンコ一台あたりの平均売上額、割数(出玉率を表わす数字で、割数一の場合は玉の売上額と交換額が一致し、一以上の場合は交換額が上まわっていることを示す。)、売上除外額をそれぞれ記載していたものであって、被告人の取得分に触れた記載はなく、むしろ割数と売上除外額を管理するためのものであるとの守の当審における供述内容に沿うものと見られ、これによれば、単なる裏帳簿と理解するのが自然である。

さらに所論の指摘する在日韓国人社会において家父長制度的慣習が存在しているため兄の意向に反することが困難であるとの事情をも併せ考慮すれば、査察が開始された後、兄である守から強い説得を受け、その際執行猶予の可能性についても言われたため、巨額の雑所得を増加させることとなる経営管理料取得の事実を認めてしまった、との被告人の当審における供述にもそれなりに首肯すべき点が認められ、前記高橋査察官らの供述するように、被告人の査察段階における自白を経営管理料認定の有力根拠とすることも相当ではない。

このような、不自然不合理な経営管理料が認容された事情としては、守が当審公判廷において供述するように、前記メモから判明する売上除外額より簿外預金が少ないため、その使途を追及され、約六億円の韓国政官界への献金、遊戯場組合、経友会の海外旅行等の接待費等を経費として主張したが、関連性と証拠が乏しいとして認められず、結局、経営管理料という費目が案出され、被告人に相当額の所得を振り分ければ、守も被告人も執行猶予になるかもしれないと考えて、これに同意したのではないかと推認することができる。

以上によれば、経営管理料の支払い約束は架空であったのに、債権として確定していたと認定し、被告人の昭和五七年の雑所得(経営管理料)として、二億四〇六〇万五〇〇〇円を、同五八年の雑所得(同)として、一億四三二七万五〇〇〇円を加えて、ほ脱税額を計算した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認が認められる。

よって、その余の論旨(量刑不当の主張)についての判断を省略して、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決挙示の各証拠(但し、収税官吏作成の脱税額計算書二通-原審証拠目録請求番号45・46を除く。)により、原判示罪となるべき事実第一の一ないし三、第三の一と同一の事実及び第三の二の事実のうち「昭和五七年分の所得金額が六億〇九七三万二四九〇円(別紙一〇総所得金額計算書及び修正損益計算書参照)あった」との部分を「昭和五七年分の所得金額が三億六九一二万七四九〇円(別紙1総所得金額計算書及び修正損益計算書参照)あった」と、「同年分の正規の税額四億四一八五万八二〇〇円と右申告税額との差額四億二四一六万七六〇〇円(別紙一二税額計算書参照)を免れ」とある部分を「同年分の正規の税額二億六一四〇万四五〇〇円と右申告税額との差額二億四三七一万四九〇〇円(別紙3税額計算書参照)を免れ」と第三の三の事実のうち「昭和五八年分の所得金額が三億七七六六万八八一二円(別紙一一総所得金額計算書及び修正損益計算書参照)あった」とある部分を「昭和五八年の所得金額が二億三四三九万三八一二円(別紙2総所得金額計算書及び修正損益計算書参照)あった」と、「同年分の正規の所得税額二億六七七三万三七〇〇円と右申告税額との差額二億三五二四万五〇〇〇円(別紙一二税額計算書参照)を免れ」とある部分を「同年分の正規の所得税額一億六〇二七万七五〇〇円と右申告税額との差額一億二七七八万八八〇〇円(別紙3税額計算書参照)を免れ」とそれぞれ訂正し、その余について同一の事実を認定し、右各事実に原判決摘示の各法条のほか、当審における訴訟費用について、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用し、さらに以下の諸情状を考慮して被告人に対して刑法二五条一項を適用して、その懲役刑の執行を猶予することとする。

本件は、前記のごとく被告人が兄守と共謀のうえ、前記会社の三事業年度の法人税合計三億二〇〇五万五〇〇円及び被告人単独で三年間に所得税合計四億六〇六一万九二〇〇円をほ脱したという事案であるが、そのほ脱税額は合計約七億八〇〇〇万円余の巨額に及ぶこと、そのほ脱率は、法人税で約八一・五パーセント、所得税で約八九パーセントで高率とあること、その手段は、パチンコ店の現金収入の一部を簿外として申告から除外するという方法を主体とするもので単純ではあるが、現金取引がほとんどの右業界の特色を悪用したもので必ずしも悪質でないとはいえないこと、等の本件各犯行の罪質、態様、動機、ほ脱額とほ脱率等の各事実を考慮すれば、犯情は軽視できず懲役刑についても実刑に処することが考えられないではないが、他方、前記認定のように原判示第一の各犯行については、明らかに長兄の守が主導的であったこと、同第三の各犯行についても守の強い影響力を無視し得ないこと、被告人が守と共同して本件に伴う修正申告の本税のほか重加算税等の付加税もすべて納付して反省していること、被告人には同種前科を含め一切の前科がないこと、共犯者である守が会社及び自己のほ脱分について、原判決後一億円にのぼる贖罪寄付をしたが、前述のように守を中心とし、被告人を含む親族グループによるパチンコ店営業の実態に照らすと右寄付の事実を、被告人のためにも斟酌すべきであると考えられること、被告人は本件摘発後、東大阪店を主体とする法人を設立し、納税の適正化に努力する旨誓っていること、の各事実に加え、当審における取調べの結果明らかとなった事実、すなわち前記架空の経営管理料約三億八〇〇〇万円を被告人が認めざるを得なかったのは、前記認定のように、査察段階で守の経費に関する調査が行きづまったことから安易な解決方法として経営管理料という費目が案出され、それが兄のみならず査察官からも被告人に押しつけられたためではなかったか、と考えられ、量刑も正義感、公平感に合致し被告人及び社会をして首肯せしめるものでなければならない以上、右のような不適切な査察ないし告発の経過に被告人が翻弄された側面があるとの事情を広義の「犯罪後の情況」として斟酌することも可能であると考えられることをも総合考慮すれば、主文のとおり量刑し、その懲役刑については刑の執行を猶予するのが相当であると認める。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤暁 裁判官 梨岡輝彦 裁判官 安原浩)

別紙1

総所得金額計算書

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

総所得金額計算書

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙3

税額計算書

〈省略〉

昭和六二年(う)第一一七号

○ 控訴趣意書

被告人 金泰奉

右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について左記のとおり控訴の趣意を述べる。

昭和六二年六月一日

右弁護人 澤田脩

同 下村幸雄

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

目次

第一、控訴の趣旨

第二、控訴の理由

一、事実誤認

(一)、原審の認定事実

(二)、誤認された事実

1、法人税法違反について

(1)、被告人が会社の「専務」と称せられたことについて

(2)、会社における被告人の実質的地位と職務内容

(3)、会社の公表計上分、秘匿分等、本件ほ脱の犯行の経緯並びに被告人の加担の態様、程度

(4)、被告人の加担の程度が正犯ではなく幇助犯に過ぎないこと

2、所得税法違反について

(1)、東大阪店の経営者名義を被告人とした経緯及び実質上の経営者は守であること

(2)、東大阪店に関する本件犯行についても会社の場合と同様であること

(3)、寝屋川、鶴見店に関する本件犯行も会社と同様であること

(4)、寝屋川、鶴見、東大阪三店舗の申告手続

(5)、「経営管理料」の支払約束は虚偽の事実であること

(6)、経営管理料に関する雑所得額を控除すべきこと及び所得税法違反についても幇助犯に過ぎないこと

(三)、事実誤認の基礎となった証拠の虚偽性

1、関係供述証拠の内容の虚偽性

2、虚偽供述の内容とその理由が守の罪を軽減するため被告人が罪を被ることを守から押しつけられたこと

3、原審弁護人による判決予測の影響

4、守と被告人との特殊な身分上等の関係

5、事実誤認に関する主張事実の疎明と結語

二、量刑不当

(一)、犯情-被告人の本件加担が実質的には幇助であること-

(二)、情状一般

1、被告人のまじめな行状、家庭関係等

2、被告人の本件に対する反省

3、量刑不当に関する結語

第三、結び

第一、控訴の趣旨

原審は、相被告人金守(以下守という)と被告人との共謀による法人税法違反及び所得税法違反の各事実を認定したうえ、「被告人を懲役一年六月および罰金一億五、〇〇〇万円に処する。」旨の判決をした。しかし、被告人は右各違反について守と共謀した事実はなく、守の右各違反について被告人が加担したのはせいぜい幇助の程度にとどまるものであって、この点原判決には事実誤認がある。また、被告人の本件加担の程度、態様、守との関係、被告人の生活態度、前科がないこと等の情状に照らし、刑期の点、殊に、それが実刑とされている点において、また罰金額についても量刑著しく苛酷に失して不当である。事実誤認および量刑不当により、原判決は破棄されるべきであると思料する。

第二、控訴の理由

一、事実誤認

(一)、原審の認定事実

原審が認定した罪となるべき事実の要旨は

「相被告人泰斗興産株式会社(以下会社という)は寝屋川市東大利町二番一九号に本店を置き、遊技場の経営を目的とする資本金一二五万円の株式会社であり、守は会社の代表取締役としてその業務全般を統括するとともに、同市早子町一七番一九号等においてパチンコ店を経営するもの、被告人は会社の専務取締役として守を補佐して会社の業務全般を統括し、東大阪市稲田一四四一番地の八においてパチンコ店を経営するとともに守の経営するパチンコ店の経営管理に従事していたものであるが

第一、守と被告人は共謀のうえ会社の業務に関し、法人税を免れようと企て

一、会社の昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日までの事業年度において、その所得額が三億九六六万四、一三二円あったのに、右所得の一部を秘匿し、同五七年五月三一日枚方税務署において同税務署長に対し、その所得金額が五、五二〇万二二円で、これに対する法人税額が二、一七〇万七、四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、正規の法人税額一億二、八五八万二、三〇〇円との差額一億六八七万四、九〇〇円を免れ

二、会社の同五七年四月一日から同五八年三月三一日までの事業年度において、所得金額が三億七、八六七万四、〇九五円あったのに、同五八年五月二八日前同様の方法により、その所得金額が五、八六四万八、一五五円で、これに対する法人税が二、二六七万三、六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、正規の法人税額一億五、七〇八万四、五〇〇円との差額一億三、四四一万九〇〇円を免れ

三、会社の同五八年四月一日から同五九年三月三一日までの事業年度において、所得金額が二億五、八五四万三、一八五円あったのに、同五九年五月二九日前同様の方法により、その所得金額が七、一〇〇万八、三九二円で、これに対する法人税額が二、八二三万一、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、正規の法人税額一億六九九万五、八〇〇円との差額七、八七六万四、七〇〇円を免れ

第二、(省略)

第三、被告人は所得税を免れようと企て

一、被告人の昭和五六年分の所得金額が一億四、八〇四万一、三八六円あったのに、所得の一部を秘匿し、同五七年三月一五日東大阪税務署において同税務署長に対し、その所得金額が二、〇〇五万六、八五二円でこれに対する所得税額が六五一万二、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額九、五六二万八、〇〇〇円との差額八、九一一万五、五〇〇円を免れ

二、被告人の昭和五七年分の所得金額が六億九七三万二、四九〇円あったのに、同五八年三月一五日前同様の方法により、その所得金額が三、九八一万七、五八四円で、これに対する所得税額が一、七六八万九、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額四億四、一八五万八、二〇〇円との差額四億二、四一六万八、六〇〇円を免れ

三、被告人の昭和五八年分の所得金額が三億七、七六六万八、八一二円あったのに、同五九年三月一五日前同様の方法により、その所得金額が六、二七四万一、四四七円で、これに対する所得税額が三、二四八万八、七〇〇円である旨の虚偽の所得税申告書を提出し、正規の所得税額二億六、七七三万三、七〇〇円との差額二億三、五二四万五、〇〇〇円を免れ

たものである」

というのである。

しかし、原判決の右認定事実は実際の事実の反する。

(二)、誤認された事実

1、法人税法違反(原判決判示第一)について

(1)、被告人は会社の専務取締役と称されていたことはそのとおりである。しかし、会社の実権は名実ともに守が握っており、被告人は登記簿上代表権のない平取締役であったに過ぎない。被告人のことを「専務」と称されるようにしたのは守であるが、その実質は次に述べるように守の指示どおり会社の業務に従事するいわば一従業員に過ぎなかったのである。被告人はいつ、どのようにして取締役に就任し、これを退任したのか、果して取締役として登記されていたのか否かさえ知らなかったというのが実際である。被告人の取締役就任、退任等の手続きはすべて守が被告人にはかることなくしたことである。

(2)、被告人は守を補佐して会社の業務全般を統括したことはない。

会社の実権は名実ともにひとり守が掌握し、その業務全般は専ら守が統括してきたもので、被告人は守の指示に従って、いわば一従業員として会社の業務に従事してきたに過ぎないものである。被告人は守から会社及び後述の寝屋川、鶴見、東大阪の各店を含む四店を従業員の給料として月額三〇万円ないし四〇万円を東大阪店の公表分より家事費、交際費の形でもらっていただけで、それ以外に、役員手当等も全く支給されていなかった。経理は勿論、店舗の改装、機械の入替、人事に至るまで、会社の業務全般は守が自ら決定し、文字どおり守が会社をワンマン経営してきた。

(3) 本件法人税法違反に関する会社の売上げ一部除外や、経費の架空計上についても、守と被告人とが共謀したことはない。これらはすべてひとり守が自ら決定し、これを被告人に一方的に指示し、被告人は右指示にいわば機械的に従ったまでである。

即ち、本件対象年度については勿論、従来、守の指示に従い、被告人が売上金のいわゆる公表分と秘匿分との仕分けをし、公表分の預金証書については守の命じるままに被告人がこれを保管し、秘匿分については守が取得し、更に守の指示どおりこれを仮名預金としてきたのであった(従来の分につき守の検察官調書検No.七七号一三項、被告人の検察官調書四項)。そして、この秘匿分はすべて専ら守が管理し、被告人はそれがどのように貯えられ、またどのように費消されたかは、後述の被告人の自宅新築時に守から支出してもらった七、五〇〇万円の外は、全く関知していない。

各年度の法人税申告手続についても、守が一井武税理士に依頼し、所得額、控除額等その申告内容のすべてにわたって守が同税理士と相談のうえこれを決定してきたのであって、被告人はその申告内容のいかんについて一切関与していない。もっとも、守が一井税理士に右申告手続を依頼した際、被告人がその場に同席したことはあるが、これは守らの指示に基いて帳簿等の資料を取り出すなどの機械的な作業に従事したに過ぎない。

(4) これを要するに、被告人が本件につきその形責を問われるとすれば、守が会社の法人税ほ脱の情を知りながら、守の指示に敢て反対することなく、これに従ったという点にある。そして、後述のように、被告人としては、当時守の指示・命令に敢て反対し、これに加担することを拒むことは、守と被告人との身分上等の関係からして著しく困難な事情があった。

してみると、本件はあくまで正犯である守の犯行について被告人が共謀したというわけではなく、少なくともいわゆる制限説に従う限り、せいぜい守の犯行に加功する意思をもってこれを容易ならしめたものというべく、被告人について幇助犯をもって問擬されるにとどまるものと解すべきである。

2、所得税法違反(原判決判示第三)について

(1)、寝屋川市早子町所在の 〈三〉 パチンコセンター(以下寝屋川店という)、大阪市鶴見区横堤町所在の丸三会館(以下鶴見店という)の各パチンコ店は守が個人として経営してきたものであることは明らかにされているが、東大阪市稲田所在のパチンコ店マルサン会館(以下東大阪店という)についても右寝屋川、鶴見二店舗と同様に守単独の経営にかかるものであって、被告人は守の一従業員であったに過ぎない。

もともと、右寝屋川店と東大阪店は被告人らの父学巌が経営していたが、昭和三九年に父が死亡し、その際、右東大阪店の不動産所有権については被告人が相続するところとなったが、右二店舗ともその経営については守がしてきたものである(守の検察官調書検No.七七号一〇項)。昭和四六年ごろ、東大阪店についてその経営者名義が被告人個人名義に移されたが、実体は従前と全く異ならず、同店の経理、改装、機械の入替、人事等の一切は守がこれを決定、実行し、依然として守が同店の経営全般を統括していた。右の経営者名義が守から被告人に移されたのは、単に守の税務対策上の事由によるものと聞かされていたのみで、その外はいかなる事情によるものかそのいきさつ等について、被告人には知らされておらず、また経営者名義が被告人に移ったとはいえ、それは全く形式上のことに過ぎず、その実質はあくまで守が経営者であったのである。

(2)、本件所得税法違反に関する同店の売上げ除外についても守が自ら決定し、これを被告人に一方的に指示し、被告人は右守の指示にいわば機械的に従ったまでであること、本件対象年度についても、従来と同様守の指示に従い、被告人が売上げ金のいわゆる公表分と秘匿分とを仕分けし、公表分の預金証書については守の命じるままに被告人がこれを保管し、秘匿分については守がこれを取得、管理してきたものであること等、これらは前述の会社における場合と何ら異なるところがない。

(3)  守経営名義の寝屋川店、鶴見店については、もとより守が自ら経営していたもので、被告人はただ、守の指示に従い一従業員としてその業務に従事してきたものであること、本件対象年度についても従来と同様守の指示どおりに、売上金の公表分と秘匿分の仕分けをし、公表分の預金証書は守の命じるままに被告人が保管し、秘匿分は守が取得管理してきたものであること等、前述の会社、東大阪店における場合と何ら異なるところがない。もし、仮に、東大阪店の秘匿分が被告人のものとされていたのなら、これについて他の分と保管上の区別があってしかるべきであると思われるところ、守は会社、寝屋川、鶴見三店舗の秘匿分と東大阪店の秘匿分とを区別することなく、一括して仮名預金にしてプールしてきたのである。(守の検No.七七号の検察官調書一六、一九号)。このことは東大阪店も守が経営していたことの証左である。

(4)、寝屋川店、鶴見店については勿論のこと東大阪店についても各年度の所得税申告手続はすべて守が中川耐税理士に依頼し、所得額、控除額等その申告内容のすべてにわたって守が同税理士と相談のうえこれを決定し、被告人は右申告内容のいかんについて一切関与していない。もっとも、守が中川税理士に右申告手続を依頼した際、被告人もその場に同席したことがあるが、これは守らの指示に従って資料の取り出し等機械的作業に従事するためのものであって、申告内容の相談、決定等に何ら関与したことがないなど、この点でも前述の会社の場合と異なるところがない。ただ、右のようにして決定された申告書は、寝屋川、鶴見二店分については守名義で所轄の枚方税務署に、東大阪店分については被告人名義で所轄の東大阪税務署に、それぞれ提出されたのである。

(5)、被告人は自宅を新築するにあたり、昭和五七年に土地代金の一部として金五、〇〇〇万円、昭和五八年に建築費の一部として金二、五〇〇万円、合計七、五〇〇万円を守から支出してもらったことがあり、(被告人の検察官調書二三項)、これは守の経営にかかる会社及び個人の前記四店舗の売上秘匿分から支出したものと思われる。しかし、右以外に被告人が右売上秘匿分から支出を受けたことはなく、また支払いを約束されたような事実は全くない。原審が認定する経営管理料の支払約束(原判決書一二丁裏)のごときは全く事実に反する。

即ち、先に述べたとおり、守個人名義の寝屋川店、鶴見店は守自らが直接経営し、被告人は従業員としてその業務に従事してきたに過ぎないのであって、原判決が右二店舗について指摘する「その日常の経営管理を被告人が主として、行っていた」との事実はなく、また、そのことから「守において、その労に報いるため、昭和五七年以降右店舗から除外した売上所得の二分の一を経営管理料として被告人に対し支払う旨同年初めに約した」との事実も全くない。もともと、昭和五〇年ごろから守が右二店の経営管理を被告人に任せてきた(守の検察官調書検No.七七号一一項)との前提が偽りであるが、それにしても、そのころから既に同様の方法で売上除外をしてきたというのに、昭和五七年になってにわかに、それ以降被告人に経営管理料の支払いを約するというのはそもそも極めて不自然であるのみならず、その額が右二店舗の売上除外分の二分の一の高額であるというのであるから、なお更不自然である。右の約束は単なる口約束というのであって、何の客観的な裏付けもない。もし、真実そのようなことがあったとするならば、経営管理料についての原審第五回公判における弁護人と被告人との次の問答で明らかにされているような状況はあり得ないことであろう。

問 五七年の末には今年はこれだけお前の取り分、五八年の年末には今年の分はこれだけお前の分だというように、年ごとにあるいは二年分まとめてでもいいが、何かの機会に、兄さんと一緒に計算したことあるかいな。

一切ございません。

問 今度検挙になるまで全然計算関係はお互いに知らんままでやってきた。

そうです。

問 もちろん実際にももらっていないということになるな。

はい、そうです。

右の経営管理料なるものは、後述のとおり、守の罪の軽減をはかるために守が考案した虚偽の事実で、これを被告人におしつけたものであって、全く事実に反する。

(6) 以上の次第であって、被告人の本件所得税法違反については、原審が右経営管理料の支払約束に関し、被告人に「雑所得として、昭和五七年に二億四、〇六〇万五、〇〇〇円、昭和五八年に一億四、三二七万五、〇〇〇円の所得がある」(原判決書一三丁表)と認めた点は誤りであって、仮に被告人の単独正犯が認められるとしても、原判決認定所得額から右各金額を控除すべきである。そして、本件についても、前記法人税法違反と同様に、被告人がその刑責を問われるとすれば、守が東大阪店の売上所得の一部除外をすることの情を知りながら、守の指示に敢て反対することなくこれに従ったという点にあること、そして、これには守と被告人との特殊な身分上の関係に起因するところがあること等、被告人の本件加担の程度は起訴されていない守の東大阪店の脱税の幇助犯にとどまるものと解せられるべきであると思料される。

(三)、事実誤認の基礎となった証拠の虚偽性

1、原判決が挙示する各証拠によれば、原審が認定した事実に誤りがないといえるかも知れない。しかし、本件控訴で主張する問題点は、主として本件パチンコ四店舗の経営の実体、本件犯行における守と被告人との役割、所得秘匿分の帰属主体いかんということであるが、これに関する最も重要な証拠である守及び被告人の大蔵事務官、検察官らに対する各供述調書並びに原審公判における各供述は、いずれも右問題点に関する限りは内容が虚偽である。そこで、次に、何ゆえにこのような内容虚偽の供述がなされたかについて述べる。

2、本件について、昭和五九年六月二一日、査察官による会社及び各店舗に対する捜索差押がなされるや、守は本件脱税額が相当多額にのぼるため、自己に対する刑事責任が厳しいことを予測し、その軽減をはかるため、被告人に対して一部その責任を転嫁することを求めた。

その第一点は、東大阪店の売上所得除外分である。同店の不動産所有権、風俗営業許可及び所得税申告等が被告人名義で、形式上その経営が被告人個人名義になっていることを奇貨とし、右売上げ除外分は専ら被告人が独自で行ったとしたことである。

本件捜索差押が行われた当初の段階では、被告人は本件の被疑者とされてないと思い(捜索差押令状は会社及び守に対する法人税法、所得税法違反被疑事件とされ、被告人は被疑者とされていなかった。例えば、検No.一三三号の査察官調査書参照)、それならば、兄守を助けるため、多少の罪を被ることになっても大したことになるまいと安易に考え、それもやむを得ないとして、不承不承ながらも守の右要求に応じたものである。

第二点は、会社、寝屋川店、鶴見店の守の経営につき、守は対外的事務等に忙しく、内部的な業務である経理事務、従って、本件脱税の具体的実行行為は殆ど被告人が自己の裁量で行ったことにし、守自身はその詳細を関知しなかったかの如くにしたことである。

第三点は、右によってもなお守の罪の軽減をはかるに十分でないとして、寝屋川店、鶴見店の昭和五七年度以降の売上除外分につき、その二分の一を被告人に対する経営管理の報酬として支払う旨の約束が、恰も守と被告人との間に交わされていたかの如くにしたことである。この点では、さすがに、被告人も自己に被らせられる罪の余りに重大であることに鑑み、守の要求を一旦は拒否したものの、結局は守から押しつけられてしまった。

3、右のように、守から罪を転嫁させられ、被告人がこれを被っても、被告人は原審弁護人から、被告人については刑の執行猶予の判決が予測される旨の説明を受けていた。そこで、被告人としてもこれを信じ、刑の執行猶予の判決が得られるならば、兄守の要求に応じるのもやむを得ないと考えて、不安は持ちつつも原審公判の最後に至るまで真実を明らかにすることができずに罪を被ることになったものである。

4、更に、守と被告人との身分関係についてみてみなければならない。

韓国人の間では、現在でも家長制度、年長者崇拝の差別習慣が根強く存在し、被告人にとって長兄である守の命令にはいわば絶対服従すべきものとして幼時から躾られてきたのである。

被告人らは昭和三九年に父を失ったが、当時被告人は一八才であった。長兄である守は父の事業を受継ぎ、まじめに且つ熱心に事業に専念して、更に、これを拡張しつつ、母や弟妹の生活を支えてきたのである(守の検察官調書検No.七七号一、二、一一項)。被告人は守のお陰で大学まで卒業させてもらい、しかも、大学卒業後も守が経営する会社、個人のパチンコ店営業に従事してきたのである。被告人は昭和四六年に結婚し、妻との間に三児を抱える家庭生活を営んできているがこの家庭生活の基盤も守の事業と采配のいかんにかかるものであったと言っても過言ではない。守は被告人にとって、まさに「父親代わり」(守の検No.七七号の検察官調書一一、一八項、被告人の検察官調書三四項)であり、経済的基盤を支える雇主でもあったのである。被告人が守の要求を拒み得なかった(前提となる事柄は異なるが、被告人の検察官調書三四項に兄のいうことに「従わざるを得なかった」とある)のも右のような両者の身分上等の関係を看過するわけにはいかない。被告人が第五回公判廷において、「私ら韓国人は、目上には絶対服従ということで親からもきびしくいわれてますので仮に断りますと兄弟の縁をきると、そうされると私自身生活できないという感覚を持っています。」と言っていることは、その通り真実である。

韓国人の家族関係については、「儒教的な長幼の序と世代の序列は日本以上に厳格で、親に対して子が無条件に尽くすべき孝道と礼節は、家庭生活の秩序の基盤となっている。血縁を継承する男子の中でも、とくに長男は特別な地位に置かれ、両親ばかりでなく近親者の注目を浴びて育てられる」(「朝鮮を知る事典」平凡社昭和六二年四一頁)とされ、また、年長者を敬う長上という観念があり、一才でも年長であるということはなかなか重大なことである(金達寿「朝鮮」岩波新書三三、三四頁)ことをご理解賜りたい。

5、以上の点については、これまで述べたようなやむを得ない事情で、被告人が原審で明らかにすることができなかったので、本件控訴趣意書とともに提出する被告人作成の上申告書をもって疎明する(刑訴三八二条の二第一項、第三項、三八三条第一号)。

当審におかれては、本件パチンコ四店舗の経営の実体、本件犯行における守と被告人との役割、各店舗の所得秘匿分の帰属及び経営管理料の支払約束の有無等、以上述べた諸点につき、あらためて被告人及び守に対する各尋問、税理士一井武、同中川耐等弁護人申請予定の証人を取り調べしていただくことによって、その各主張事実が明らかにされるものと確信する。

二、量刑不当

(一)、犯情

仮に、被告人について本件の共同正犯ではなく幇助犯であるとの主張が容れられないとしても、その実質は幇助である。そして、事実誤認で述べた、被告人の本件加功の経緯、態様、限度等に徴し、被告人が全く従属的犯行に終始していること、脱税分の金銭管理についても一切関与していないこと等、被告人には犯情において特に斟酌されるべき点がある。

(二)、情状一般

1、被告人にはこれまで前科、前歴等もなく、大学卒業後これまで、守の経営するパチンコ店営業にひたすらまじめに従事してきたものである。家族は妻利味枝と、その間に一五才を頭に三児をもうけ、これら家族の生活はもっぱら被告人によって支えられている。

2、被告人は、本件について、十分反省している。被告人は、原審五回公判でその心中を次のように述べている。

問 その他に何か言いたいことは。

私達韓国人は、目上の人には絶対服従するように親から教育されてまして、そのうえに、兄は父親が亡くなってから一家の柱として、大変苦労してきたのを私は知っておりましたので、脱税のことも、兄に強く反対できませんでした。私が今になると、積極的に反対しておればよかったと後悔しております。まことに申し訳ございませんでした。

被告人のこの反省の言葉に全く偽りはない。

本件各税法違反については、守とともに修正申告のうえ、その税額は守においてすべて完納された。被告人は既に本件発生後泰斗興産の取締役を退任し(もっとも、前述のとおり、退任登記手続は守においてしたことではあるが)、昭和五九年一一月守の了解を得て有限会社栄進を設立してその代表取締役となり東大阪店を同会社によって経営することとなったが(被告人の原審五回公判供述)、その後、義兄吉田宏に同会社の代表取締役の地位を交替して、自らは平取締役となり、本件不始末を機会に守の事業から一切のかかわりを絶って専ら謹慎の意を表している。かような次第で、被告人には再犯の虞れは全くない。

これら情状一般についても特に斟酌を賜りたい。

3、そして、これら犯情並びに情状一般について十二分に斟酌されるときは、原判決の「被告人を懲役一年六月および罰金一億五、〇〇〇万円に処する。」旨の量刑は刑期の点において、殊に実刑とされている点において、また罰金額の余りに高額とされている点において、いずれも量刑著しく苛酷に過ぎて不当である。

原判決破棄のうえ、あらためて被告人に対し、更に軽い刑を量定のうえ是非刑の執行を猶予されるよう、そして罰金額を大幅に減額していただきたく切に希望する。

第三、結び

当審におかれては、十二分に審理を尽くしていただき、原判決破棄のうえ、被告人に対して本件につき幇助犯-少なくとも実質的には幇助に過ぎない-との認定をされ、是非とも、刑期の軽減と刑の執行猶予を賜り、且つ罰金額についても、更に減額されるなどご理解ある適正な判決を願う次第である。

以上

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